魔王
著作/伊坂幸太郎
発行/講談社文庫
伊坂幸太郎・著「魔王」。
気分転換に小説でも読もうと本棚から引っ張り出してきました。
読むのは三度目くらいになりますが、やはり改めて読んでも面白い。
伊坂幸太郎先生の作品は、現実と似た舞台であっても、どこか現実離れしている部分がとても好きです。
死神だったり、平然と人を殺す存在や人の死を扱った話が多くて殺伐とした空気があるのですが、ただ殺伐としているのではなく、どれもユーモアが織り込まれていて厭らしさや屈託がない。
「魔王」もそんな作品のひとつです。
魔王
主人公の安藤は、考察魔で「考えろ、考えろ」と何かと考察する癖のある会社員。
両親は十七年前に事故で亡くしており、弟の潤也と暮らしてきた。
物語は、一人の老人が発した言葉から始まる。
しかしそれは正しくは安藤が心の中で念じた言葉で、安藤はそれを切っ掛けに自分の能力「腹話術=相手に自分の思った事を喋らせる力」に気付き、事を起こしていきます。
作中で主人公とは直接の関りがないものの、キーパーソンとなる政治家・犬養の存在は濃い。
犬養の思想に次第に傾倒していく群衆と、彼の思惑に気付き、自分の腹話術でどうにかできないか一人葛藤する安藤。
簡単に言うと、安藤VS犬養ではあるんですが、主人公が一方的に犬養に抗おうとしている。そんなお話なのかなと読んでいて思いました。
宮沢賢治の詩などを巧みに利用し、元同級生の島をはじめとして群衆の心を掴んでいく犬養。
安藤の腹話術、とにかくやたら運の良い弟の潤也と、スイッチを切る音を聞くと寝ていても「消灯ですよ」と口にする弟の彼女、詩織。犬養に傾倒する元同級生の島、日本に帰化した気さくなアメリカ人・アンダーソン、ドゥーチェというバーの謎の多いのマスターなどなど…
登場する人物にもそれぞれ個性的な特徴や役割があって、物語を盛り立てていきます。
呼吸
「魔王」の続編、潤也側の視点となる「呼吸」が同書に収録されています。
こちらは潤也の彼女の詩織目線で綴られていて、魔王の結末から五年後を描いています。
ネタバレに繋がってしまうと何ですので説明を割愛しますが、潤也も兄同様に、ある事を切っ掛けに不思議な力に目覚め、行動を起こしてゆくというもの。
その能力というのが、じゃんけんやコイントス、一定の賭け事に絶対に負けないという強運の力。
潤也がその力を使って何を成し遂げたか、までは語られていませんが、読んでいけば何をするつもりなのかくらいは多分わかるかと。
詩織は潤也の様子を見て、魔王は潤也なのではないか、もしくは彼の兄なのではないかと考察する。
一体、誰が魔王なのか。
安藤か、潤也か、犬養か、はたまたドゥーチェのマスターなのか、群衆なのか。
考えろ、考えろ。
読み終えて…
以下、読み終えた感想はネタバレを含む可能性があるので白文字で書いておきます。
最初疑問に思ったのが、「魔王」の主人公であるはずなのに、安藤は下の名前が一切出てこない。という事。
むしろ、名前がよく出てくる彼の弟、潤也が主人公なのではと途中で錯覚する事もありましたが、それは続編「呼吸」に繋がる伏線だったのかなーとも。考えすぎかもしれませんが。
事故で両親を失い、懸命に弟を助けて生きてきたという事、死の前触れに鳥(オオタカ?)として未来の弟の前に現れ案じた事、兄弟愛、家族愛を感じさせる描写と不思議な能力を持ち、それで流れに抗おうとする様はとても胸を熱くしました。
「魔王」だけで見ると、安藤の死にマスターが関わっていたのか、腹話術の副作用だったのか、それとも腹話術ができるようになった時点で何らかの病にかかっていたのではと色々考えを巡らせましたが、「呼吸」で犬養首相を襲おうとした人達が共通して脳溢血や心筋梗塞で亡くなっている、安藤の死因も脳溢血だった、という共通点から、やはりとある人物にそういった能力があると判明。
「呼吸」の後半部分では、犬養を守っていたその人物が犬養を見放したような描写があり、その人物は群衆側の思想なんだなと感じました。
おまけとして、
安藤が死ぬ直前に現れた"千葉"という人物の行動については、同著者の「死神の精度」を読んでいないと不可思議に思え、物語に奇妙さを残してしまいます。
何で人が死にそうで倒れている時に一仕事終えたような表情見せてそのまま去るかなあ!と謎すぎるんですね。
そこを千葉という人物を知っていると、青空から一変して黒い雲がかかる場面も千葉のせいだな(笑)で済みますし、ほんとに一仕事終えたんだなコイツ、で済みます。
「魔王」と「呼吸」どちらも、憲法、外交と政治問題を中心とした、一見難しそうな話が出てきますが、この作品は「流されるな、自分で考えろ」と訴えかけているように思えます。
安藤兄弟はうわべだけに流される"群衆"の中で必死に抗おうとする。
「呼吸」で「私を信じるな!」と話す犬養もまた、群衆の流れに気付いていた一人だったのではないでしょうか。
「魔王」では安藤が立ち向かうべく悪役のように見えますが、本気で国を良くしようと思っている政治家だった、と通して読むとよくわかります。誰が悪い、とか善悪の境がないんですね。
しかし、どんな立場の者であれ、そうした流れに抗おうとする者を良く思わない人達がいる。
全体を通して感じたのはそれです。
最後はさっぱりとしていて、まるで終わりのない描写でフェードアウトするため、物事がハッピーエンドかバッドエンドか、決着がついたのかついてないのかハッキリしないと気が済まない人には不向きかもしれません。
最後まで「考えろ」ですね。
直接的ではないものの「モダンタイムス」に続くため、よし、じゃあ読んでやろうじゃん!という気にさせます(笑)
※モダンタイムスは魔王よりもハードボイルド(刺激的)で、伊坂幸太郎ワールドな内容になっています。そちらもオススメ。
「魔王」の一書だけでも十分楽しめるのですが、
死神の精度→魔王(→呼吸)→モダンタイムス
の流れで併せて読むと、関連が出てきた時にもっと面白く感じるんじゃないかなと思います。
個人的に好きだったのは
遊園地で潤也、詩織と読唇術だと偽って腹話術を試みていたシーン。
安藤兄のキャラがとても好きでした。
兄弟愛・家族愛良い(;ω;`)そして群衆に抗う姿も良かった。何度読んでもやっぱり好きっ!
久しぶりに読書して良かったです。
また死神の精度やモダンタイムスなどなど、読み直してみたいと思いました。
(目休めのために読書しましたが……PC画面見てるよりはいいかな)