2025-06-28

Dark Hunter
序幕〈2〉

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 ヴィナ大陸の半分を占める大国ダイディヴィスは、世界で最も広大な領地と結界の大きさを誇る。
 ダイディヴィスの国土を覆う巨大な結界は三つの都市の神殿と国境周辺の町村によって厳重に管理され、維持されており、国の最西端にある小さな村テロウもまた、国境の結界管理のために機能していた。
 村の周囲には魔物を惑わす力のある森が広がり、万が一国境の結界が破られたとしても、安易に魔物が村へ侵入する事はできない自然要塞となっている。
 結界が途切れる国境付近の警戒のために村には傭兵が常駐し定期的に入れ替わるが、魔族にとって厄介な力を持つハナトキの森が広がる西側の国境に魔竜軍が襲来する事は珍しく、村の周辺ではここ百年の間に魔族の姿を見た者はいなかった。

 この物語の一人の主人公であるエリオット・エスロイは、テロウ村で狩人エルドとその妻ルイーズの次男として生を受けた。
 父譲りの黒髪に母譲りの深い海のような澄んだ青い瞳が特徴的で、エリオットの純粋で人懐っこい性格は村人達から好かれた。

 エリオット十二歳の夏。
 家族で朝食を終える頃、玄関の扉備え付けの叩き金が鳴らされた。
「エリオットー! 一緒に遊ぼうぜ!」
「今行く!」
 友人ジェイの声が聞こえ、エリオットは食卓の椅子から飛び降りて玄関へ向かおうとする。
「こら、片付けがまだでしょうエリオット」
 母ルイーズは穏やかな表情ながら、食卓に残された空になった食器を指差してエリオットを(しか)った。
 エスロイ家では食事を終えたら流し台まで食器を片付けるまでがマナーなのだ。
「ご、ごめん母さん」
 母に謝るエリオットの横で、兄のルイスは静かに椅子から降り、エリオットの食器を木製のお盆にまとめ始める。
「俺がやっておくから」
 無表情のまま、ルイスは見る内にてきぱきと食卓に残された食器を流しに運んで行く。
 口数が少なく不愛想に見えるルイスは感情表現が苦手なだけで、とても弟思いで世話焼きである事を家族は知っていた。
「兄ちゃんありがとう!」
 エリオットは喜んで玄関へ向かう。
「もう。ルイス、兄弟仲が良いのはわかるけれど、甘やかし過ぎじゃないかしら?」
 ルイーズはルイスの弟に対する過保護さを微笑ましくも(あき)れ気味に見ていた。

 エリオットの三歳年上の兄ルイスは、エリオットが生まれる以前にエスロイ夫妻が養子として迎えた血の繋がらない兄である。
 二人が全く血の繋がりのない兄弟という事実を知るのは村の大人達と家族に限られるが、ルイスは唯一目立つ深紅の瞳を除けば父や弟と同じ黒髪という外見的な共通点もあり、普段から兄弟仲が良いため、実の兄弟だと信じて疑う者はいなかった。
 夫妻も実子エリオットと養子であるルイスを差別するような事は一切無く、彼らにとって血縁であるかどうかは重要ではなかった。

「おはよう、ジェイ!」
 玄関の扉を開け、エリオットはジェイに元気良く挨拶を浴びせる。
 ジェイは遊び相手の登場に笑って「はよー!」と元気に挨拶を返した。

 麦わら帽子をかぶった焦げ茶色の髪と意志の強そうな黒い瞳のジェイ・クラヴィウスは、エリオットより年齢がひとつ上のもう一人の兄のような存在である。
 村一番の悪ガキだが、エリオット含む村の子供たちにとっては頼れる遊びのリーダーだ。

 ジェイはエリオット越しに見えたルイスと目が合うと、目を細めてイーと歯を向け威嚇して見せた。
 もっとも、ルイスは涼しい顔で気にもしない様子だったが、ジェイはその態度が余計に気に食わない。
 ジェイは問題を起こす度に何かと大人たちから「ルイスを見習え」と言われたり、好きな女子たちがルイスにのぼせ上がっているのが気に食わず、ルイスを一方的にライバル視しているきらいがある。

気を取り直して、ジェイはエリオットに遊びの提案を持ちかける。ほら、俺のほうがエリオットと仲が良いんだからな、とルイスに見せつけるように。
「今日は河原で魚捕り行こう! もうみんな先に行って待ってるぜ」
「うん、行く! いいよね、母さん?」
 エリオットは流し台で食器を洗い始めた母に振り返って許可を乞う。
「良いけれど、誰か大人はいるの? 子供だけで遊ぶのはダメよ」
 ジェイ達が好んで行く河原は浅瀬で手掴みで魚が捕りやすい穴場だが、少し足場を誤ると溺れてしまう恐れもあり、村から少し外れた所にあるため子供だけで行く事は禁じられているのだ。

「大丈夫ですよ、ルイーズさん! 今日はメギスおじさんが釣りのついでに見てくれるんです」
 ジェイはルイーズに対して口調と声色を変える。ジェイは金髪の美人に目がないのだ。
 メギスおじさん、と聞いたルイーズはあまり良い顔をしなかった。
「メギスさんが? あの人は釣りに夢中になるから不安しかないけど……」
 ルイーズは顎に手を当てて数秒考え込むと、そうだ、と洗い物を手伝おうとしていたルイスの肩を叩く。
「ルイスも一緒に行ってくれないかしら」
「え」
 ジェイの表情は曇った。
 ルイスが付いて来てしまえば、誘った女子たちが自分ではなくルイスにばかり構い出すのが目に見えているからだ。

「兄ちゃんも来るの? やった!」
 洗い物はいいから行ってらっしゃい、とルイスは母に洗い物のたわしを奪われ、その上、弟が喜ぶとなると断る理由は無かった。
「わかった」
 ルイスは長椅子に置いてあった分厚い本を手に取り、玄関で合流する。

 ジェイは作り笑顔を浮かべ、どうにかルイスを連れて行かない口実を探した。
「待て待て。ルイスは魚捕り、しないんだろ?」
 ルイスは集団で遊ぶのが苦手で、いつも木陰で読書するのがオチだ。今回も本を持って来たという事は、一緒に遊ぶつもりは無いという事だろう。
「えっ、そうなの? 魚捕り楽しいのに……」
 エリオットは残念そうにルイスを見上げる。
「本を読んでるほうがいい」
「じゃあ、来てもつまらないだろ。ほ、ほら、お前はうるさいの嫌いだし、俺たちは騒いだりするじゃん?」
 ジェイは早く辞退しろ、とばかりに理由を並べるが、ルイスは無表情のまま「平気」と答えた。

「ルイスは泳ぎが得意だし精霊術が使えるから、危なくなったら皆のこと助けてあげてね」
 ルイーズの言葉にルイスは静かに頷いた。
 精霊術とは、自分の魔力を対価に精霊の力を借りて自然的な力を操る術で、ルイスは水や冷気を操る力に長けていた。
 泳ぎも得意となると、下手な大人を連れて行くよりも遥かに頼りになる存在と言える。

「ジェイ、兄ちゃん、行こ!」
 ジェイは諦めきれずルイスを連れて行かないための理由を考えていたが、エリオットに引っ張られる形でジェイとルイスは強制的にエスロイ宅を後にする事になった。
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🐦‍⬛からすの後書きコーナー

このあたりは書いてて楽しい部分。何回書き直してもジェイが優等生モテ男子のルイスを一方的にライバル視しているシーンは変わらないので、この物語の少年期のお話は作者の頭の領域を離れてもこれが正規なんだと思います。
エリオットは純粋で天然入ってる子でみんなから可愛がられてます。村の女の子からも好かれているんですが、女子視点ではないのでルイスがモテてることくらいしかわからないっていう…
エリオくんは両親の容姿も良いんで素朴ながら外見はさりげなく良い設定(父親に激似なので美男というより男前寄り)
ルイスも美男設定なんで、設定した当初は美男美女出したがりだったことが窺えます。
ルイスは加護持ちで術使えるイケメン、しかも家事も手伝うし弟の世話も焼けるとかもうチートでしょ…

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