2025-08-23

Dark Hunter / 序幕〈10〉

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 ヴァイスはいつもテロウ村の近くに滞在する時、ハナトキ森の東側にある、名も無き遺跡の周辺の背の高い木の上で寝泊りしているという。
「ヴァイス! いるか、ヴァイス」
 エルドは緑生い茂る樹々を見上げて呼び掛ける。
 風で揺れる樹木の葉の間が光ると、そこから木の太い枝の上に座る白い外套の青年、ヴァイスの姿が現れた。
「エルドか」
 ヴァイスは背の高い木の上から軽々と地面に飛び降り、エルドとエリオットの正面に立った。
 彼の所持品からか、香草や花のような淡い良い匂いが香る。
 あの時、魔獣を倒し助けてくれた彼はエリオットにとって英雄であり、憧れの存在であり、エリオットはヴァイスを前に緊張する。
「久しぶりだな、ヴァイス。昨日は子供達を助けてくれたそうじゃないか」
 エルドは親しげに挨拶をして、ヴァイスの姿に見惚れてぼうっとしていたエリオットの肩を軽く叩く。
 エリオットははっとして、目の前に立つ青年ヴァイスにお礼を言おうと目を合わせようとする。が、さっきまで見惚れてしまっていた事が照れくさくなり、うつむいた。
「あ、あのっ! お兄さん、昨日はありがとう!」
 照れ隠しに勢い良くお礼を言うと、父は隣で笑いを堪える仕草を見せる。
「ああ、君は昨日の」
 口の端を緩ませたような柔らかい声に、エリオットはお兄さんにも笑われてしまったんじゃないかと恐る恐る顔を上げる。
 ヴァイスは温かな眼差しで優しく微笑んでおり、つられてエリオットも笑顔になった。
「この子はエルドの子供かい?」
「エリオットだ。お前に礼が言いたいって付いて来たんだよ」
 エルドに紹介され、ヴァイスはエリオットに視線を合わせるように(かが)み、じっと見つめる。
「いい子だね。良い目をしてる」
「あ、ありがとう」
 エリオットが照れてぎこちなく礼を言うと、ヴァイスはにこっと笑って立ち直る。

 エリオットは自分の手に母から頼まれたパンとクッキーの入った籠があった事を思い出して、籠をヴァイスに差し出した。
「あの! これ、母さんからヴァイスさんに渡してくれって」
「子供達を助けてくれたお礼だ。受け取ってくれ」
 エリオットとエルドに言われ、ヴァイスは差し出された籠を(こころよ)く受け取る。
「ありがとう。中は食べ物?」
 被せられた布の下から、ふわりと甘い香りが漂っており、ヴァイスはその香りから中に入っているものを予測した。
「ルイーズお手製のパンとクッキーだよ。味は俺と息子達のお墨付きだ。お前は細いからしっかり食えってさ」
 ルイーズらしいな、とエルドとヴァイスは、はははと声を出して笑う。
「ルイーズはお前を弟みたいに思ってるから、心配なんだろうよ」
「心配させて悪いな。ルイーズは元気にしてる?」
「もちろん、元気だよ。ルイーズもお前の事を懐かしんでいるから、今度、家に寄って行かないか? なんなら、泊まる事もできるぞ」
 エルドの提案に、ヴァイスは苦笑いして答える。
「……気が向いたらね」
「まったく、いつ気が向くんだか。テロウ村ならお前を追いかけ回す人間はいないと思うけどなぁ」
 いつもそうだ、とエルドはやれやれと頭を振る。

「お兄さんはどうして村に来ないの?」
 村には地元で採れた自慢の美味しい野菜や肉、特産品のハーブと甘味を帯びた湧き水で作ったお茶は外から訪れる人から好評である。せっかくだから、村に来て泊まっていけばいいのに、とエリオットは首を傾げる。
「恥ずかしながら、私は人が苦手でね」
 ヴァイスは残念そうに自分の顔を見上げる純粋なエリオットの瞳に申し訳なさそうに答えた。
「ほら、ヴァイスはこの見た目だろう? 昔、悪い奴に追いかけ回された事があるんだよ」
 エルドはあまり追及するのは悪いなと、自分が始めに出した話題という事もあり、簡単にエリオットに説明する。
 父の説明にエリオットはヴァイスほどの美形であれば、どこに行っても目を惹くからだろう、とすぐに納得した。
 兄ルイスも世辞抜きで村の子供の中では美形であり、外出の度に女子の影が付きまとい、本人はそれを騒々しいと言って人目を避けた場所を好んでいた。
 よくジェイなどはルイスの事を話す度に「美形に生まれて羨ましい」と言うが、兄といいヴァイスといい、美形と言われる人は平凡よりも苦労してそうだなと思った。

「ところで、今回はどのくらい滞在するんだ?」
 そろそろ本題を話そうと、エルドはヴァイスに訊ねる。
「今回は少し気懸りがあるから、長く居ようと思ってる。問題が解決すれば予定は早まるかもしれないけれどね」
 気懸り、と聞いてエルドの眉根が動いた。恐らくは昨日の結界塔の問題だろうと思い当たった。
「ヴァイスが良ければなんだが、エリオットに精霊術を教えてやってくれないか」
「術を?」
 ヴァイスはエリオットを見る。
「元、とは言え、エルドも精霊神官のはしくれだったのだろう? 昨日今日会ったばかりの私より、父親の君が教えてあげたほうが良いんじゃないか?」
「基本的な扱い方は教えてある。――ただ、俺だと教えられる限度はそこまでなんだ。精霊の扱いは俺よりお前のほうが上手いだろ? 俺が教えるより上達するんじゃないかと思うんだ」
 エルドは元精霊神官のよしみでテロウ村の結界塔の管理を任されているが、精霊術はあまり得意ではなく、狩猟のほうが向いていると判断して自分から神官を辞め、都会を離れた経緯があった。
 実際に息子達に教えられる範囲は狭く、精霊術の腕前は既に書物で学び自己流で上達したルイスに追い抜かれていた。
「私は誰かに教えた事はないから、時間を無駄にするだけかもしれないよ。エリオット君は、私に教わりたいと思うかい?」
 ヴァイスに見つめられ、エリオットは気が付けば大きく頷いていた。
「うん!」
 昨日の魔獣を一撃で倒した格好の良い姿の憧れと、目の前のヴァイスという青年の優しい人柄がエリオットは自然と好きになっていた。
 ヴァイスはエリオットの元気な返答に微笑む。
「分かった。私で良ければ教えてあげよう」
「ありがとう、ヴァイスさん!」
 エルドはエリオットの喜ぶ様子に「良かったな」と笑った。
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🐦‍⬛からすの後書きコーナー

ヴァイスは光の精霊術が得意なので、光の反射を利用した隠れ身の術ができる感じで木の上で野宿してます。
元の設定がもう「いい香りのする儚い系の美形」で資料改めて見て書いてる自分自身、こっぱずかしい気持ちになりました…少女漫画にいそうな設定だよね。家族が少女漫画読んでて自分も好きだった時期がかぶるから影響受けてるのかも。

美少女は第一幕からご期待ください。ちゃんと可愛いヒロイン出すつもりです。猪突猛進系、可憐系、脳筋系、お嬢様系、いろいろ。そのためには書き続けないとー

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