2025-08-09

Dark Hunter / 序幕〈8〉

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 食卓の皿が空になる頃、ルイーズは家族が美味しそうに食事をとる様子を見て微笑み、お茶を一口飲んで、子供達に目くばせした。
「今日は大変だったわね。ルイスはみんなを守ってあげたんですって?」
 ルイーズはさっき聞いた武勇伝の続きを話してもらおうと、期待を込めた眼差しでエリオットとルイスを見つめた。
「魔獣を一体倒したんだもんな。よく頑張ったよ」
 エルドが言うと、ルイーズは「すごい、魔獣を倒したの?」と口に手を当てて驚いた。
 魔物は抗魔結界の効果で弱体化してもなお、肉体が頑強であったり、出現した魔獣のように物理的な損傷を負わせる事ができない性質を持つなどして精霊術が使えたとして、並大抵の人ですら倒すのは困難というのが一般的な認識である。
「兄ちゃんの氷の術、すごかったんだよ!」
 エリオットは兄が勇敢に魔獣と戦った様子を両親に話し、会話に盛り上がりを見せたが、一方で話題の中心となっている当人は難しい顔をしていた。
「ルイス、何か気になる事でもあったか?」
 エルドがルイスの表情を気にかけて声を掛けると、ルイスは真っ直ぐに父の目を見た。

「父さん。ヴァイスという人は何者なんです?」
「お。ルイスは彼の精霊術にでも興味を持ったか?」
 エルドは普段他人に興味を持つのが珍しい息子に喜んで、前のめり気味になる。
「精霊を横取りされた」
 その一言に、悔しさが(にじ)み出ていた。
 精霊術は魔力を対価に精霊の持つ自然的な力を扱えるものだが、同じ精霊に魔力を与え続ける事で互いに意思の疎通が取りやすくなり、信頼関係のようなものが築かれる。
 これを「共鳴関係」と呼び、例として、場に複数の術者が存在していても魔力の強弱より深い共鳴関係にある術者に力を貸すというものだ。
 ルイスがいつも従える氷の精霊は生まれつき一緒にいる守護精霊で、どんな精霊よりも強い共鳴関係にあった。
 ルイスはそれを見知らぬ旅人に横取りされた事が気に入らなかったのだ。
「そうか。まあ、普通なら共鳴関係にある精霊を奪われる、なんて無いもんな」
 エルドはルイスの気持ちを察して苦笑いした。
「何て言えばいいのか……ヴァイスは少し特別なんだよ。あの見た目や能力から、アロンシア人の末裔だと思う」
 ルイスは「アロンシア」と聞くと、眉根を動かし、いつもの無表情から(かす)かに驚いた様子を見せた。

 エリオットは聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「アロンシア? まつえい? ってなに?」
「今は人間というと大抵はアロコイド人の事を言うが、昔はいくつもの人種が存在したんだ。アロンシア人は何百年も前に滅びた人種のひとつでね。末裔っていうのは、その最後の子孫の事だよ」
 へぇ、とエリオットは興味深く父の説明に耳を傾むける。
「アロンシア人は強い魔力を持っていて、精霊の扱いに長けていた事から精霊人と呼ばれていたようだよ。術の法則を無視して精霊を扱う術を持っていたというから、それでルイスの精霊が横取りされてしまったのかもしれないな」
「…………」
 ルイスはそれでも納得がいかない、という風に眉をひそめ、椅子から立ち上がって食べ終えた自分の食器を下げ始める。

 少しの沈黙が訪れようとした時、ルイーズはさっきから気になる事があったようで、この機会にと口を開いた。
「そのヴァイスって、私も知ってるヴァイスのことよね? 彼はまた村の近くに来てるの?」
 と、さっきの会話で出てきたヴァイスという人物を知っている様子で、懐かしそうに夫に問い掛けた。
「ああ。通りがかりに子供達を助けてくれたようなんだ。白いマントと光の魔剣といえば彼くらいのものだから、確かだろう」
 エリオットはパンで器に残ったシチューを(すく)い取ろうとしていた手を休めて、顔を上げて母を見る。
「母さんも知ってるの?」
「ええ。ちょっと不思議な、綺麗な人よね」
 エリオットは「そう! その人!」と目を輝かせる。
「兄ちゃんが魔物を倒した後、同じ魔物が二体も出てきてピンチだったんだけどね、その人が光の剣で助けてくれたんだよ!」
「それじゃあ今度、お礼を言わないとだめね。今回も村の近くに滞在するのかしら」
 目を輝かせて語るエリオットに、ルイーズは微笑んで「できればお礼に料理でも作って持って行きたいところだけど」と言い、それにエルドは「そうだな」と相槌を打つ。
「いつも通りなら、数日は森に滞在してるだろう。結界塔のほうにも顔を出すだろうし、朝にでもお礼がてら行ってみるよ」
「滅多に村の中まで来ないから、残念だわ。毎回近くに来ても、私は挨拶もできてないのよ。ただでさえ細いんだから、ちゃんとご飯食べてるのかしら……」
 ルイーズはまるで子供を心配するような口振りで話し、エルドはその様子に笑った。
「エリオットとルイスも明日、一緒にヴァイスに会いに行くか? 精霊術のコツを聞けるかもしれないぞ」
 父の誘いに、エリオットは喜んで手を挙げた。
「行く! 俺もお礼が言いたい!」
 ルイスは無反応のまま黙々と食卓の上にある空の皿を木製のお盆に乗せ、台所まで持って行く。
「はは、ルイスは精霊術の事となると負けず嫌いだからな」
 精霊を取られたのがよっぽど悔しかったんだろうな、と苦笑いしながら、エルドはルイスの居る台所に向かって声を掛けた。
「気が向いたら、行こうな」
 エリオットはそそくさと最後の一口を食べ終えて、自分の食器を持って兄の後を追うように台所へ向かい、隣に並んだ。
「明日、兄ちゃんも一緒に行こうよ」
 ルイスは自分の顔を見上げる弟をちらと見ただけで、無言のまま食器を洗い始めた。
 兄のこの反応は「興味がある」という意味だと知っていたため、エリオットは笑顔になった。
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🐦‍⬛からすの後書きコーナー

今回はちょっと説明っぽくなってしまった…
共鳴関係とかアロンシア人とか。
深く考えてなかったけど、実はルイスは養子ってことを気にしていて、精霊の加護持ちで村で精霊術の技術を褒められて誰にも負けたくない気持ち?プライド?みたいなものがあるのかもしれない。
それでやたらとすごい術士のヴァイスの存在が突っかかるというか興味を持ったというか。なんだよアイツ、みたいな感じになったんでしょうな。
昔考えていたのはいつでもクールなタイプのキャラであまり感情の起伏を感じさせなかったんですが、悔しがったりするあたり人間味出て良いんじゃないかな。まだ14歳だから子供らしさがあってもいい頃です。

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